なんか「ツイッター 140文字が世界を変える」という本を読んだんで、ツイッターをやってみた。

とある著名ツイッターユーザーに意見を書いたり、ちょっとエッチなことを書いたら、現実世界で知っている人から「そんなことを書くな」と言われた。

なんなんだろう。つぶやきって本来自由なんじゃないの?

いちいちそこにまで干渉されなくちゃいけないの?

ツイッターに書くことって吟味し、校閲に出してようやく発信できることなの?

ツイッターが世界を変えるとかいろいろな人が言ってますよね。

コグレマサトさんとか、いしたにまさきさんとか「ツイッター 140文字が世界を変える」という本の

帯に寄稿した佐々木俊尚さんとか。

なんか不自由だね、ツイッターって。

何がいいのか教えてくれないかな。

僕にとってははてな匿名ダイアリーの方が自由な気がするんだ。

ツイッターの可能性なんて閉ざされた気がする。

結局名前が割れている人にとっては

無難なことを書き続けるしかないのかな?

“あれは、極悪ツールだよ。引用というのがここまですばらしいものだとはわからなかった。引用、転載、無断リンクを、「Tumblrだから」という名目の元に堂々とできる。俺にとっては単なるクリップにとどまらないの。”
“NHKがストーカーにあわないためには異性とつきあわないのが一番だといったらしい。ネットで炎上しないためには「道のまんなかで叫んでも大丈夫なことしか書き込まない」ともNHKは言っていた。そのうち「死なないためには生まれてこないことです」と言い出すのではないか。NHKから目が離せない”
“田舎暮らしの不便さというのはむしろ若者にとっては「モノやサービスが手に入らない」よりも「話したくもなければ世話もしたくない老人との付き合いを強要され、居辛い」”
“ちょっと遠くに、凄く優秀だと言われている営農法人があります。
今の研修先の人が知り合いがいるというので、見学に行かせてくれました。

ある作物なのですが、たいした収量でもなく、圃場を見ても、管理(葉欠き、草取り、防除、潅水等)出来ていなくて、しかもハウスじゃないので、膨大な面積(2町)という悪条件でやっており、
「これで優秀なの?たいしたことね~な」
って思いました。

その後、別の機会でJAの研修会でもその圃場に見学に行ったのです。
「え~、もう一度行ったし、たいしたことなかったし、いいよ~」
って思ったのですが、無理矢理行かされました。

今度はJAの正式な研修会だったので、その営農法人もしっかり資料を用意していました。
その資料を見て驚愕しました。

余剰金300万!

「あの収量で・・・この管理で・・・利益だしている・・・凄い・・・」

この営農法人が作っている作物は、路地では正直あまり儲からないので、赤字じゃないってだけで、凄いことなのです。
県内でもいち早く黒字化を達成し、実は経営が優秀という事で有名な法人だったのです。

その秘訣は・・・勿論、管理に人件費を掛けない!
病気にならないギリギリの葉欠き、土壌水分計による必要最低限の潅水、除草剤を使って効率的に除草、あらゆる作業の効率化など等、とにかく人件費を掛けない事に心血を注いでいました。
結果、最初見た時
「管理できてないな~」
って思ったのですが、人件費を掛けないためにわざとだったということです。”
“『日本人は残業が多い』と言われるけど、残業しないで早く帰ると上司に「余力がある」と思われて仕事を増やされる→残業しないと終わらなくなる→それを見た周囲が(余力ないフリしないと)と思って残業する、という負のスパイラルが原因だと、上司がお盆休みになった途端に定時で帰る部下を見て思う。”